猫(或いはペット)を飼うと、様々な面において変化が現れます。それが良い面であれば万々歳ですが、そう上手くいく事ばかりではない訳で…。
今回は、猫を飼って苦しくなってしまった心境について、書き記したいと思います。
世話の焼ける可愛くない猫
プリューシュは「我の強い・気性の荒い・自制心の無い猫」です。ラグドールは抱っこが好きで甘えん坊で、寛大な心を持った猫だという説明をよくされていますが、どこにそんなラグドールの素養があるのか全く分からない猫です。全然、…本当に、全然可愛くない………。もう人間になつくつもりは生涯無いんじゃないだろうか。
可愛くないだけでなく、プリューシュはしつけし辛い性格でもあります。家に来てからは、「していい事」と同様に「してはいけない事」を教えるのにとても苦労しました(今でもですが…。)
とはいえ、プリューシュはオスなので、去勢をすれば少しは大人しくなるのではないかと最初の頃は期待していました。…が、期待も空しくあまり効果を感じないまま、月齢を重ねていきました。
猫の世話による育児ノイローゼ
気性の激しい猫というのは、もう本当によく噛みつきますね。噛み癖を直す為に、ネット検索をしまくり、飼育本を読んではあれこれ試し…。全然効果が無くてガックリする事の繰り返しでした。
一方、プリューシュはというと、噛みたくて仕方無いものですから、こちらに遠慮なくいつでも飛びかかってくる。噛むのをやめようなんて一切考えていない。こうなってくると、こちら側も本気でかかっていくしかありませんでした。
噛み癖を直す為には禁忌とされている、「噛み返し」。私はこれを実行したのです。
最後の最後までしたくなかった…、痛い思いで分からせるなど。いつか分かってくれれば…とか、去勢の効果が表れて大人しくなったら…とかを考えましたが、そんなのは只の甘い夢。相手は道理を分かる人ではなくて、猫なのです。ましてや気性の激しい野性味の強い猫とあれば、飼育本にある様な軟弱な方法では理解出来ない。痛みには痛みを…で、ようやくプリューシュは理解するのでした。
心の中で泣きながら、私は母猫になり切ってプリューシュに噛み返しました。そうして噛み癖を矯正したのです。出来ればやりたくない方法を取るしかなく、それでも「しつけに必要」とあって、心を鬼にした。とても、とても、辛かったです。
こういった「苦しい事」が重なり、段々と私は育児ノイローゼになってしまったのでした。
他の誰にも頼れない
あまりにも辛いので、しつけに関しては「猫(=プリューシュ)を飼うと決めた飼い主」であるノワールさんにも同様に担って欲しかった。勿論、私もしますが、私の負担が減ったと感じる程の事をして欲しかった。全然しつけに至らないしつけをしているノワールさんを見ていると、頭が痛くなる…。
猫が可愛そうだからという理由で強く出られないというのは分かりますが、かといって、噛み癖の酷い猫を放っておく訳にもいかない。ちゃんと向き合って欲しかった。段々と日が経つにつれ、私の言う事しか聞かないから…で済まされていく事に、不満と不安が募っていくのでした。
このままでは良くないと思い、どういった事をして欲しいのかを明確化して伝えたら、ノワールさんにも役割を分担して貰えるのではないか?と考えました。
なので、「遊ぶ時にはこうした方が良いよ」・「プリューシュにはこういう傾向がある」・「こういう時にはこうして叱って」等々、言葉を尽くしたつもりでした。でも、ノワールさん本人が実行するには至らず、ただの徒労に終わったという次第。
どういう事を伝えたのか、以下に記します。
プリューシュは排泄(特に便の方)をした後、興奮状態にあります。しかし、排泄後、ケージに戻してそっとしておくと、「排泄後のスッキリした幸福感を持ったまま、ぐっすり眠れる」。信じられないかもしれないけど、プリューシュにはそういう性質があります。
プリューシュは自分で自分の体力ゲージを見ながら、「休む」という事が出来ません。いつまでも起きていようとグズる子供そのもの。したがって、休ませてあげるタイミングというのを人間側が見計らってあげなくてはなりません。でも、先程の寝かしつけを行えば、プリューシュの体力は回復し、後の機嫌が良くなるからそうした方が良いのです(逆に、きちんと眠れていない時は癇癪を起しやすい)
また、叱る時に関しては、実際に目の前で叱って見せて、どういう声音で叱るのかなどをレクチャーしたつもりです。
しかし、こういった「ちょっとしたコツ」を、ノワールさんが実践してあげられるかというと、それは出来ない。どれだけ言葉で伝えても、実演しても、ピンと来ていない事の方が多い…。
全然上手くいかない中、もしかしたら私の要求レベルがノワールさんの能力に対して高過ぎるのではないか?とも考えました。では、しつけや教育、健康管理ではなくて、遊びなら出来るのでは…。
しかし、思惑は外れ、ノワールさんとプリューシュはお互い上手に遊べない事が判明したのです。お互いオス同士という事だからか、プリューシュはノワールさんの前だと虚勢を張りたがる。一方、ノワールさんは遊ばせ下手で、上手にプリューシュをその気にさせる事が出来ません。
「2人で遊ぶ時間を作って遊んであげて。」と言っても、5分程度で終了…。猫の運動は1サイクル15分にするとよいと言われていますが、そこまでいかない。遊びすら代わってもらえないなんて………。
体調の悪い時まで、プリューシュの遊び相手になるのは辛い。せめてその時だけでもとは思うものの、全く話にならない状態です。そんな状態で私がプリューシュを放置すると、プリューシュのフラストレーションが溜まって、癇癪がまた出てくる………。
プリューシュにもノワールさんにも不満があるけど、不満をぶつけて仲の悪い家庭にしたい訳じゃない…。何の解決も出来ないまま休めないのと同じ状態で毎日が過ぎ、どんどん自分がすり減ってくるのを感じます。
家を失くす
「自分のしている事を代わってもらえない」というのは、退路を断たれるのと同じ事。プリューシュがこの家に来てからは「自分が○○しないと」ばかりで、楽しい感情からは遠ざかってしまった。プリューシュが可愛いとは思わず、ましてや、癒されるなどという事もありません。そして、この猫が居る家の中で寛ぐ…というのは、何かもう違う感じがする。
今、プリューシュはリビングで過ごしており、プリューシュの生活空間と私の生活空間が被っているので、家の中ではプリューシュの事を常に意識させられていて苦しい。ノワールさんにはしない事をこちらには要求してくる所の全てが疎ましくて仕方が無い。ここから離れたい。
気が付いたら、家を失くした気持ちになってしまっていました。
「義務」
ここまできたら、普通なら猫とは距離を置くべきだろうと思います。それがお互いの為。そして、私の為になる。
ただ、それをしなかったのは、「義務」があるからでした。プリューシュは相当、「気質に問題のある・厄介で手の掛かる猫」ですが、だからこそ手を掛けないとどうしようもなくなる。本当はしつけなどという心が痛くなる様な事は、したくない。可能なら、ノワールさんに全部代わって欲しい。でも、出来ないとあって、他に代わりがいないなら、どうあっても私がするしかない。
…この問題は、人間の子供に例えると分かりやすいのではないでしょうか。気性の荒い問題児を人並みにどうにかしようと思ったら、幼少期からのしつけが大切だという事です。そして、一人立ちするまでは適宜、手を掛けてあげないと駄目なんだって事。心の眼を離さない事が必要です。
ペットを飼う以上、教育やしつけが出来ないなんて、飼い主の資格が無いと言っていい。もう飼っている以上、義務は果たすべきだと考えています。その義務を果たす事において、私の苦しみなどは一切無関係だろうと考えています。そこまで固く考えなくてもって言われそうですが、事実、そうではありませんか。辛かったらやめて良い…なんて事にはならない。
もう1歳5ヶ月だというのに落ち着きのないプリューシュ。どんどん自己主張を激しくするプリューシュ。…猫と生活すると楽しくなるって皆言う。そんな理想を描いていたけど、実際そうなって欲しくて頑張っているけど、ただ辛い。
でも、もうこの子が死ぬまで付き合うしかない。
感情の落とし所
当たり前ですが、こんな負の感情だけでプリューシュと向き合っても、健全な関係が築ける訳がありません。プリューシュにとってはこちらの事情が分からなくても、何となく察しが付く部分が出てくるだろうと思います。
これから先、どちらかが死ぬまでの付き合いなら、私はこの感情と向き合わなくてはなりません。しかし、こういう負の感情というのは自然と沸き起こってくるので、自分を抑える為の理由や理屈が必要。それは何かについて考えました。
色々考えた中で、まず先に、何の効果も無かった理由についてお話しします。
それは、「猫(=プリューシュ)は可愛いから許す」という理由です。よくありますでしょう、猫は可愛いから何をやっても全部許せるって。でも、あれは駄目だった。猫だろうとどうであろうと、何故、可愛げの無い性格の生き物を許容するのか…。猫だからというのは自分を納得させ、落ち着かせる理由にはならなかったですね。
今の所、負の感情を抑えるのにしっくりくるのは、「猫(=プリューシュ)は人生経験を積ませてくれる存在」と捉える事でした。これはプリューシュがどういう性格の猫だろうと全くの無関係だから、ある意味、それ以上深く考えなくて済むのが良かったのです。そして、必要以上にプリューシュを持ち上げる訳でもなく、「そういう存在だから仕方が無いね」で済ませられる。
可愛げのあるなつき方を一切しないこの猫を、疎ましく憎たらしく思うよりは、余程良い捉え方になったと思います。そして、自分の感情の落とし所をそこに見付け、以前よりは「まだまし」といえる精神状態になったと感じています。
最後に
世の中には猫との関係が非常に上手くいっていて、幸せな話ばかり溢れています。
しかし、中には「猫との生活を始めたけど、こんな筈じゃなかった…。」とか、「こんなにも心が苦しい。」という思いをされている方もいらっしゃるでしょう。場合によっては、「猫ばかりを尊重されて誰にも分かって貰えない」と感じている方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、飼い猫に対して可愛いと思えない素直な気持ちを書きました。そして、猫によって辛い気持ちになっている事も、赤裸々に。
私がこの記事で読み取って欲しいと考えているのは、「猫との生活で思い詰める様になった時にどうするのか」という事です。いつから「折り合い」などという言葉で簡単に済ます様になったのか分かりませんが、そんな簡単に折り合いなんて付けられない。でも、どうにかするしか無い時に、こういう考え方もありますとお伝えしたいです。
少しでも心の負担が軽くなります様、お役に立てれば幸いです。